勝瀬原特定土地区画整理事業の基礎データ(2005/7/13改訂版、2007/5/4補足)

勝瀬原の土地区画整理事業(勝瀬原特定土地区画整理事業)については、 現状最後の段階にきて足踏み状態になっていますが、地権者との調整に時間がかかっているようで、市議会でもよく取り上げられるようになっています。

市役所では、17年4月から、勝瀬原の区画整理の担当課長ポストを新設し、市役所の支援姿勢は明確になりましたが、実際に大きな支援がなされるのかを見守る必要があると思います。

ところで、この区画整理ですが、施行区域に住んでいる私でも、わかっているようでわからないことが結構あります。過去の資料をいろいろ当たっているのですが、一時中断状態になったりしたこともあり、なかなかまとまっていません。調べてみると、当初決定したものから変更された部分もあるようです。

ここでは、当初の計画についてまとめるとともに、簡単な推移もまとめてみました。過去のことを追及するのではなく、苦労して頑張ってこられたということでご理解頂ければ幸いです。

努力を重ねてここまでこられた、ということに対し、関係者の方にあらためて敬意と感謝の念を表明したいと思います。

さて、まずは、現状の進捗状況ですが、

勝瀬原特定土地区画整理事業の進捗状況(平成16年12月)

項目

現在の進捗状況

都市計画道路(9路線、3,975m)

95%

区画道路(131路線、15,158u)

99%

特殊道路(19路線、554u)

93%

公園緑地(12箇所)

8箇所

上水道(24,247m)

99%

下水道(30,939m) 99%

ということで、あともう少しで完成、のところまできていることがわかります。

次に、事業開始時点の計画数字と現状の計画数字です。

勝瀬原特定土地区画整理事業概要(昭和61年1月事業認可時データ)

項目

当初の数値

現在の状況

面積

72.6ha

72.6ha

施行期間

S6166年度

平成19年度終了予定

平均減歩率

30.37

30.45

計画人口

7,300

7,300人 

集合農地区

東部に4ha設定

明確に設定なし(現況一部宅地 )

道路等 不明(計画数字は概ね現在と同じ) 都市計画道路9路線
区画道路131路線
特殊道路(歩行者専用など)19路線
駅前広場2カ所
上水道24,237u
下水道30,939u

公園

近隣公園1ヶ所(勝瀬原記念公園)12,000u
児童公園
5ヶ所11,500u
緑地
7ヶ所17,160u

1号緑地が不明 (緑地6カ所に)
東武鉄道よりふじみ野西公園が市に寄贈(児童公園6カ所に)

富士見市総合都市整備調査(S61/7)富士見市/住宅・都市整備公団関東支社
富士見市実施計画 平成
1315年度(H13/5)  16〜18年度(H16/4)他

少し数字を考察してみます。

平均減歩率が30.37%(当初)と、地権者にとって、非常に大きな負担であると思います。ちなみに大井・苗間第一地域の平均減歩率は24.45%(竣工記念碑記載)、東久保土地区画整理事業の減歩率は25.88%となっています。

この差を、資料を保有する東久保とで分析してみます。
道路(駅前広場を含む)部分の減歩率を計算すると、勝瀬原19.06%、東久保16.13%となりますので、数字の上からも、駅ができるか否かというのが大きく影響をしているのは間違いないようです。あとは、緑地(含む調整池)の差が大きいようです。
駅を受け入れた区画整理地域は、そこの地権者にとって、相当の負担となることが、数字からも裏付けられます。

なお、勝瀬原は、ふじみ野小学校を設置したのが大きいのでは、という疑問もあると思うので、それについても触れておきますが、ふじみ野小学校や(仮称)勝瀬市民交流センターの用地は、保留地の優先分譲により取得されたものです。保留地分の減歩率は5.58%で、東久保の5.53%と比較して、ほとんど差がなく、(合算)平均減歩率の差は、公共減歩率の差であると 考えます。

ところで、勝瀬原の当初の土地利用計画図と、現在私が保有する、第2回変更後の区画整理設計図とを比較してみますと、東側の一部になりますが、ふじみ野小学校付近と市民交流センター付近で道路の追加と変更があったように思われます。市民交流センターの位置、保育所を併設するか等が確定し、現在の設計になったのでしょうか。
蛇足ですが、保育所については、駅前という議論もあったようです。しかしながら、2、3年前の市議会で、市当局が、投資効果を勘案して現在の場所に決定、という答弁が示すように、 複合施設として現在の場所になったようです。また、コミセン的施設を区画整理地の東側に作るというのは、地元との約束であったようで(H12年の市民懇談会時の地元の方の発言から推定)、財政的にも施設複合化は必至という状況であったと思われ、現在地に落ち着いたものと考えます。

最後に、土地区画整理事業の進捗と公共施設等の開設の歴史をまとめてみました。

勝瀬原区画整理事業略年表

できごと

備考

1979S54

桔梗ヶ原地域開発基本構想報告書発行

勝瀬原開発の原型ともいえる構想(S52から市民と市役所が協働して策定) 

1979S54

勝瀬原開発研究会設立

 

1981S56

勝瀬原区画整理準備委員会設立

 

1983S58

新駅(現ふじみ野駅)位置確定

 

1986S61

組合設立・事業認可

(当初昭和66年度完了予定)

1990H2

仮換地指定

使用収益開始(一部の区域から順次土地の利用が可能になるということ)

1993H5

ふじみ野駅開業

 

1998H10

亀久保勝瀬通り線全通

 

1999H11

新駅西通り線東久保土地区画整理組合施行分開通し、全通

 

 

新駅東通り線全通

 

 

ふじみ野小学校開校

 

  オトウカ山公園開設  
2000(H12) 稲荷久保公園開設  
  第5回使用収益開始となり、全域で使用収益開始となる。 区画整理地全区域で、土地が利用可能になる
2001(H13) 中沢公園開設  

2002H14

市立ふじみ野保育園開園

 

  図書館ふじみ野分館開館、  
  ふじみの公園開  

 

ふじみ野交流センター開所

 

2003(H15) ふじみ野放課後児童クラブ開設  
  認可民間保育園子どものそのBaby開園  
  ふじみ野西公園開設  

2006(H18)

富士見市役所ふじみ野出張所が駅構内に開設

 

私がこの地に来たことがなかった平成10年5月以前は資料により、それ以降は資料(過去の広報ふじみと市議会議事録)+記憶で記述しています。

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